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粋スタッフの活動記

サイクリングの行き先総集編

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 私は名古屋大学の近辺に住む大学生である。いままで使っていた自転車が、ついに修復不能なほどの損傷を受けたので、この間自転車屋に引き取ってもらった。これを記念し、今まで行ったサイクリングの行き先をまとめた記事を書くことにした。なお、私は自転車部ではないので、そこのあたりはご容赦願いたい。

 最初の行き先は大高緑地だった。名古屋に引っ越してきたばかりで、どこに行くにもナビサービスが必要だったこと、そして体力がそこまでなく往復で20〜30kmで根を上げてしまっていた。

 そして、その後は徐々に距離を伸ばしていった。清洲城訪問ではじめて名古屋市域の外に出て、そののちにさらに御嵩駅にも訪問した。御嵩のときは、「どこまでなら行けるんだろう」と考え、名鉄小牧〜広見線沿いに北上してみたのがきっかけであった。このときは、片道50kmほどの旅程に6時間以上かけるなど、今よりも速度が遅かった。

 これ以降、加速度的に距離が伸びていった。豊田、岡崎、羽島という具合に、名鉄線の通っている場所をメインにしていた。師崎を訪問するため、150kmほど知多半島を一周した。

 いずれにせよ、茜空を見る機会が多かった。速度面での制約(平均時速9~10km)から、朝に出発して、夜に名古屋に戻る行程になることが多かった。そのため、現地でおいしいものを調達することもあった。

 そして、ついに金沢までを往復するに至ったのである。辛さという名の関数は(傾きが正の)3次関数的であった。(http://iki.nagoya/archives/16515)美濃あたりで覚悟を決め、郡上大和を過ぎたあたりで辛くなり始め、ひるがの手前で辛さの極値をとった。そして、白川郷に向けて速さが回復するも、五箇山から城端までの峠(細尾峠)であえなくリタイアとなった。


 ここからが裏話となるが、翌日は砺波のチューリップフェアを見物した後、高岡・富山を経由し、いったん富山地方鉄道のサイクルトレインに乗車した。岩峅寺に至った後、ひたすら国道41号線(一部で360号線)を南下するルートどりをした。猪谷あたりで、満天の星空が天上高く自分のことを覆っていた。そして、飛騨古川の古い街並みを横目に高山へと急ぎ、つかの間の観光を楽しんだ。しかし、それが裏目に出てしまい、下呂でその日はリタイアとなった。

 下呂からは3日後の18時の再開となった。はじめの3kmほどは快調に行ったものの、すでに3日前に400kmほど走破した体には十分こたえた。焼石、飛騨金山と南下していくにつれて激痛が走る足は、白川口での晩飯で暫時回復するも、美濃太田あたりでとうとう限界となった。
 限界を超えてもなお漕ぎ続けたが、最後は小牧から名古屋までの15kmほどに2時間も費やすくらいの躯体となっていた。ちなみに、名古屋についたのは朝6時ころだった。仮眠をとった後、北海道をめざしたのであった。

 この自転車は、その後も愛用していたが、7月末、名鉄石仏駅付近で突然部品が取れて転倒、それがもとでフレームが大きく曲がってしまった。自転車屋曰く「修理不能」とのことで、ついにお別れが来てしまったのであった。

 今までの乗車キロは、1年4か月で4,000~5,000kmほどに達する。最北は高岡(高岳にあらず)、最東は渚(高山と下呂の間)、最西は羽島、最南は師崎となった。

 まもなく、 2代目の自転車(クロスバイク)がやってくる。またどこかに行こう。

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原石

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