
粋Webでは毎週金曜日に「THE・今夜は音楽三昧」という音楽評論コラムを掲載していますが、今週と来週は特別版として、小説「パステルカラーの季節」をお送りします。どうぞ、最後までお楽しみください。
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パステルカラーの季節
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折井燃:運命のルーレット廻して
5月某日の昼下がり、「晴菜大学 学生機関誌連盟」の連盟室。
俺がパソコンを閉じて顔を上げたとき、夏帆は少し遠くで他の仲間たちと談笑しているところだった。何を話しているのかはわからないが…
夏帆は幼馴染だが、性格は対照的と言ってよかった。ノリと勢いで楽観的に日々をのらりくらりと生きてきた俺とは違い、夏帆はどこまでも理知的だ。
だからだろう、記事のテイストはだいぶ違うし、今日のような話し合いでも振る舞いがだいぶ変わってくる。俺が「めんどくさいな~」などとぼやいているうちに、夏帆は圧倒的な論理を組み立ててあっという間に決着をつけてしまった。
夏帆はとにかく頭が切れるので先輩にも同期にも後輩にも一目置かれているし、仕事一辺倒というわけでもなく友達もかなりいる。俺にはぶっちゃけ欠点がわからない。そんなことを思っていたところに、同期の桂馬が来る。
「なあ、夏帆に彼氏がいるって風の噂で聞いたけど信用していいのかな? まあ、いなかったら告白するとかではないけど。あれほどの完璧超人じゃいてもおかしくないか…」
ここまで言い終えて、桂馬は俺の顔を覗き込む。
「…って、どーした?そんな苦々しい顔して」
俺は返事を返さなかった。理由は自分が一番わかっている。
幼馴染として夏帆と知り合ってから久しいが、いつしか彼女はただの幼馴染とも言い切れなくなっていた。俗っぽい言い方かもしれないが、首ったけでゾッコンだ。分かりやすく惚れている。
頭が良く、リーダーシップもとれる頼れる姉御肌の夏帆は、これまでにも何回か誰かとフラグが立ったことがある。無理はないだろう。しかし、彼女はそれをことごとく蹴ったという。それがなぜか、俺は怖くて聞けていない。万が一俺以外に想い人がいたならば破綻あるのみだ。夏帆の眼には誰が映っているのだろう? そう思うと、自分の視線が自然と夏帆の方に向くのを感じた。
運命のルーレット廻して あれこれ深く考えるのはMystery
ほら、運命の人はそこにいる ずっと君を見ていた
「運命のルーレット廻して」(1999年、作詞:坂井泉水、歌唱:ZARD)
俺は先ほどの桂馬の問いに「…なんでもないぜ」と返した。すると桂馬は「そうか~!」と能天気に返してきた。
しかし、俺はこの問答が終わってからも、しばらく能天気になれなかった。とりあえず別のことを考えようと思って、記事の清書を始めた。

待田夏帆:Don’t you see!
今日は半月に1度の記事チェックだったが、率直に行ってしまえば、地獄だった。
別に私の記事がけなされたりしたわけではない。同期にして幼馴染の燃君の記事を巡り、燃君と盛大に喧嘩をしてしまったからだ。
幼馴染とはいっても、私と燃君の生き方は真逆と言ってよかった。私はいつだって確たる根拠を求めて神経質になりがちだけど、燃君は大らか…というか、いつだって自然体だ。少し前に「北風と太陽の法廷」ってドラマがあったけれど、主人公たちの関係性が私と燃君に重なって見えた。ただ、ちょくちょくいがみ合っていた彼らとは違い、私達が派手に激突したのは、今日が初めてだった。
その日の夜、燃君は電話をかけてきた。言わずもがな今日の記事チェックに関する話だった。しばらく言葉を交わした後、燃君は私に謝ってきた。独りよがりな記事を書いて、独りよがりに主張をしてしまったから、と言ってくれたが、私はそれに、ぶっきらぼうな対応しかできなかった。
思えば、私が燃君に本当の意味での本音をなかなか言えなくなったのはいつからだっただろう。中学校に入ってからだろうか?忘れてしまった。ただ、1つ言えるのは、燃君が幼馴染という枠組みではしっくりこないような存在になりつつあるということだった。
中学校に上がってから私の周りでも彼氏ができる人が何人か現れた。私はそれを心から祝福できたが、自分がそうやって誰かの彼女になるイメージはなかった。私に言い寄ってくる男子も何人かいた。嬉しくなかったわけではないけれど、申し訳ないと思いながら私はその申し出をことごとく退けた。面白いほど気乗りしなかったのだ。今思うと、あの頃から燃君に入れ込んでいたのかもしれない…
そんなことを考えると頭がぐちゃぐちゃになってきた。私は頭を冷やしたくなり、散歩に出かけた。既に時計は21時を回っていた。
Don’t you see! 願っても祈っても 奇跡・思い出 少しは気にかけて
Don’t you see! ちょっと冷めたフリをする癖は傷つくのが怖いから
「Don’t you see!」(1997年、作詞:坂井泉水、歌唱:ZARD)

待田夏帆:ハートに火をつけて
散歩に出てから20分ほど経ったとき、目の前にマックスバリュが見えてきた。ちょうど喉も渇いていたので、こんな遅い時間でもやっているのってありがたいな、と思いつつ入口に向かった。
飲み物をいくつかと気になった食べ物をかごに入れてレジに行こうとしたとき、何となく誰かに呼ばれた気がした。振り返ると、桂馬だった。かごの中にはわかりやすく晩酌セットが入っている。
「なんかあったな~? だいぶ上の空って感じだったぞ」と桂馬。どうやら何回か呼ばれたけど上の空だったようだ。私が返事に窮していると、「ちょっと外で話そうぜ」と桂馬は持ちかけてきた。
「さてと…どうせモーちゃんとカチ合ったのが原因だろう?」と桂馬は切り出した。桂馬は燃君のことを「モーちゃん」と呼ぶ。確かに「もゆる」とは言いにくいのかもしれない。私は物心ついたときから「もゆるくん」って呼んでいたんだけど。
「そうね…あれは悲しい出来事だったわ」と私は返す。その響きはどうも他人事っぽく感じられたが、悲しかったのは事実だ。だが、それを聞いた桂馬の反応は、私にとって予想外のものだった。
「なあ、今日の会議を見ていて思ったんだけどさ、モーちゃんと夏帆って、何だかんだ似た者同士だよな。そう思わねえか?」
…私と燃君が似た者同士?? 幼馴染だから長らく近くにいるが、そう思ったことはない。ただ、桂馬は無根拠にテキトーなことを言うほどチャランポランな人ではない。とりあえず理由を聞いてみた。
「今だってそうだろ?夏帆って、誰かが何かを言ったときに『それはない!』ってすぐに否定したりしないじゃん。モーちゃんもしないんだよ。今日の記事チェックだってそうさ。直感に訴えることと理詰めで攻めることの違いはあっても、書きたい記事の方向性、一番伝えたいことってところについてはずれていなかったと思うぜ」
これを聞いた私は、ある先輩の言葉を思い出していた。その先輩は燃君のスタイルを「読者の直感」を信じる、と論じ、私のスタイルを徹底した論理武装でぐいぐいと読者を引っ張る、と論じた。そのうえで「でも、どちらも『いい記事』は書いている。そして二つのスタイルは補い合えるんだ。理論頼りの文章は言いたいことを伝える上では抜群だけど、言い負かされた気がして読みたくなくなる人がいるかもしれない。そこを補えるのは直観力だよね」と総括していた。あの時はあまりその言葉の意図を理解できなかったけど、桂馬の話を聞いてから思い出すと、妙に説得力がある気がした。桂馬は続ける。
「重んじるものは直感と倫理で違うけど、相手の話を聞いたうえで利点と弱点を理解できるし、それを補うために意見も言える。アプローチは違っても考え方は結構似ているよね。だからさ、意地の張り合いはほどほどにしなよ。その方がラクだし記事のためだぜ?」
そういうと、桂馬は「『ほろよい』がぬるくなっちゃうから」と言って話を切り上げて去っていった。その背中を見ながら、私は燃君の顔を思い浮かべてみた。明日、二人でゆっくり話してみようかな…?
私たち 正反対のようで 案外似てるのかな?
留まることない時間 だからこそ愛おしい
「ハートに火をつけて」(2006年、作詞:坂井泉水、歌唱:ZARD)
そのとき、私のスマートフォンに着信が入った。それを見て息をのんだ。
来月から半年間にわたる、姉妹校・サルデーニャ総合大学への留学プロジェクトへの当選報告だった。

折井燃:星のかがやきよ
夏帆に誘われた俺は大学前のファミレスのボックス席にいた。夏帆と大喧嘩になった記事チェックから1日しか経っていなかった。基本的に俺は寝たらなんでも忘れてしまう性分なので、恐ろしいほど根に持っていなかったが、夏帆は俺に引け目があるのか、妙にしおらしい…というか、妙に優しい。些細なことに「ありがとう」って言ってくれたり、褒めてくれたりするのだ。
「どうした~、強気じゃない夏帆なんて、なんていうか、らしくないぜ?」と言ってみたが、夏帆は微笑みを返すだけだ。おかしい…何かあったな?
答えは次の記事チェックで明らかになった。夏帆が半年間イタリアに留学するというのだ。元々海外志向のある夏帆が留学を検討しているのは知っていたが、いざ実際に送り出す側になるとかくも複雑な心情になるものか…と俺は思った。
夏帆に目をやると、編集長の先輩と留学中の記事執筆の話をしている。イタリアの生活に関するコラム連載を続けるらしい。そのことを話している夏帆は心底嬉しそうだ。しかし、ファミレスでの夏帆の態度には、それだけではない憂いが秘められているように燃は感じられた。その正体が何かわからないまま、出発前日の昼2時を迎えた。
夏帆に「出発前に燃君とじっくり話をしたい」と申し出があり、燃は再びファミレスにいた。ドリンクバーのジュースを飲みながら、色々な話をした。その中で、夏帆は不意に「ふー…寂しくなるな」と呟いた。
「そうだね、俺も淋しいぜ」と俺は返事をした。
「…でもさ、俺は夏帆がうらやましいぜ? 自分の夢を追いかけて国を越えるって、率直に格好いいと思うぞ。それに俺は応援するぞ。だって…」本心に任せて言葉を紡ぐ。こういうのは後になって「気障だったかな?」という後味の悪さを連れてくるのは知っているが、それでも紡いだ。でも、最後の本音はやっぱり言えなかった。
幸か不幸か、夏帆は「だって」という言葉を聞いていなかったようだった。「ありがとう。今日、燃君に話を聞いてもらえてうれしかったよ!」と、満面の笑顔で言ってくれた。そして、ファミレスを出たあと、夏帆の家の前で餞別の握手を交わして別れ、その日の最終便で夏帆はイタリアに飛んだ。
夜空にできた飛行機雲を眺めながら、夏帆の分まで頑張らないとな、と俺は思った。安心して夏帆が帰ってこれるようにしよう、と。同時に、夏帆には今のままでいてほしいとも思えて、頭の中がコンフュージョンした。そして、半年後には昨日言えなかった「だって」の続きを言わないとな…と、俺は拳を握った。
星のかがやきよ ずっと僕らを照らして! 失くしたくない少年の日の夢よ
いつかこの町が変わっていっても 君だけは変わらないでいて欲しい…
「星のかがやきよ」(2006年、作詞:坂井泉水、歌唱:ZARD)
―つづくー
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続きは来週の金曜19時に公開します。どうぞお楽しみに。
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#サヨナラは15年後の今もこの胸に居ます