
皆様こんばんは。「THE・今夜も音楽三昧」の時間がやってまいりました。今週もよろしくお願いします。
さて、3月になりましたね。3月の第1週と言えば、どこの大学でも卒業式のシーズンです。私も小・中・高と参加して、それぞれでいろいろなことを考えたものです。多分大学を卒業する時もそうなんだと思います。
というわけで、今回の「THE・今夜も音楽三昧」は卒業ソングのお話です。どうぞ、最後までお付き合いください。
「切ない卒業歌」のはしり
まず、本日最初に紹介したい卒業ソングはこの歌です。
卒業だけが理由でしょうか? 「会えなくなるね」と 右手を出して
さみしくなるよ それだけですか? むこうで友だち 呼んでますね
流れる季節たちを微笑みで送りたいけれど
「春なのに」(1981年、作詞:中島みゆき、歌唱:柏原芳恵)
1981年(もう40年も前なのか…)の「春なのに」。ユーミンと共にニュー・ミュージックの二大巨塔として堅固な支持を得ていた中島みゆきが作詞・作曲を手掛けたのですが、この歌は卒業ソングとして割と珍しかった作品です。
というのも、それ以前の卒業ソングで時間軸が卒業を迎えた瞬間に設定されている歌 (そうではない歌の例としてはユーミンの「卒業写真」など。こちらは卒業してしばらく経ってからに時間軸が設定されている) は、海援隊の「贈る言葉」のように聞く者を激励する内容のものが多かったのですが、この歌は切なさに全振りしているのです。まず卒業ソングとしては珍しく短調(先に挙げた「贈る言葉」や「卒業写真」はどちらも長調)ですし、歌い出しの楽器の少なさ、そしてサビの最後の一文。
春なのにお別れですか? 春なのに涙が零れます
春なのに 春なのに ため息 またひとつ
「春なのに」(1981年、作詞:中島みゆき、歌唱:柏原芳恵)
いやー切ない! 切ないですね。この歌は卒業ソングを単なる旅立ちではなく青春群像劇の決着として捉えるという考え方が広まるきっかけとして、多大なる影響力を持ちました。

その回(第639話)ではこの歌が劇中歌として流され、名優たちの哀愁漂う渋い名演技を彩った
卒業ソングの歴史が変わった「1985年」
さて、卒業ソングのお話をするときに、1つ、避けては通れない年があります。それは「1985年」です。というのも、この年の1月から2月にかけて「卒業」という名前を冠した楽曲が4曲も登場し、これを境に、卒業ソングの傾向が大きく固まったといわれているからです。
1つ目の「卒業」が世に出たのは、その年の1月25日のことでした。
卒業して 一体 何 解るというのか? 思い出の他に何が残るというのか?
人は誰も縛られたか弱き子羊ならば
先生、あなたはか弱き大人の代弁者なのか?
(中略)
この支配からの卒業 闘いからの卒業
「卒業」(1985年、作詞・歌唱:尾崎豊)
のっけからなかなか過激というかパンチの効いたフレーズですね。歌っているのは今は亡き伝説の歌手にして若者のカリスマ・尾崎豊。ティーンエイジャーのやり場のない感情を爆発させた世界観で数多くのヒットを打ち出した尾崎にとって、卒業というのは格好のテーマだったのでしょう。この作品もサビを中心に強い感情を窺わせるフレーズが並んでいます。
そんな「卒業」から約1か月後の2月14日、2つ目の「卒業」が登場しました。
恋・恋・恋 ひとり卒業ね キラキラ煌めくほろ苦いメモリー
ここに残して 大人になっていくのね
「卒業」(1985年、作詞売野雅勇、歌唱;倉沢淳美)
こちらは人気バラエティ番組「欽ちゃんのどこまでやるの!」から誕生し「もしも明日が…」が大ヒットした音楽ユニット・わらべのメンバーとしても有名な倉沢淳美がソロで発表した作品です。同年代のポップスで人気を博していた林哲司が初めて作曲に加わった作品で、この手の楽曲では珍しいアップテンポな仕上がりに特徴があります。そして、この歌が発売された次の週には…
ああ 卒業式で泣かないと 冷たい人と言われそう
でも もっと哀しい瞬間に涙はとっておきたいの
「卒業」(1985年、作詞:松本隆、作詞:斎藤由貴)
「時代だって、由貴に染まる。」 とのキャッチフレーズを引っ提げて斎藤由貴がデビューします。彼女の「卒業」はどちらかというと切ない卒業の歌ですが、他の卒業ソングとは少し異なる切なさを感じさせます。サビの詞もそうですね。卒業のときに「もっと哀しい瞬間に涙をとってお」こう、とは、随分と大人びたことを考えるな、と感じます。松本先生の腕が光っていますね。
そして、斎藤のデビューからさらに1週間後の2月27日に世に出たのは…
あの人と私は 帰る時はいつでも 遠廻りしながら ポプラを数えた
4月になるとここへ来て 卒業写真めくるのよ あれほど誰かを 愛せやしないと
「卒業-GRADUATION-」(1985年、作詞:秋元康、歌唱:菊池桃子)
4つ目の「卒業」は菊池桃子の作品。彼女にとっては初のバラード作品で、初のオリコンチャート首位達成曲でもありました。作曲したのは2つ目の倉沢の「卒業」と同じく林哲司。倉沢の「卒業」とは方向性にかなり違いがあり、一つのテーマでもかくも書き分けられるのか、と驚かされる仕上がりになっています。
それぞれの「卒業」は全て内容も曲調もバラバラでありながら、どの曲も「卒業のあるあるだよね」と分かる仕上がりになっており、当時はどの「卒業」が一番的を得ている?という議論も盛んだったようです。かくして、これら4つの「卒業」は卒業ソングの歴史上に大きな足跡を残しました。

歌った不朽の名曲「なごり雪」(イルカ)も時折、卒業による別れとの解釈で歌われるケースがある
平成史上に残る叙情的卒業歌
その後、時代が平成に移ると学生時代にクローズアップした音楽の多様化が進んだことなどから卒業ソングの市場も盛り上がりを見せるようになります。そうして生まれた卒業ソングのヒット作の中に、ひとつ一線を画すものがありました。それがこちら。
僕らはきっと待ってる 君とまた会える日々を
さくら並木の道の上で手を振り叫ぶよ
どんなに苦しい時も君は笑っているから
挫けそうになりかけても頑張れる気がしたよ
「さくら」(2003年、作詞・歌唱:森山直太朗)
森山直太朗の「さくら」です。おそらく多くの方は知っている歌でしょう。この曲が他と違うポイント、それは歌詞の表現です。同時期の卒業ソングの表現はどことなく直線的でストレートな感情を綴っていく楽曲が多いのですが、この歌に限ってはそういったストレートな感情の描写は控えめで、叙情表現に徹しています。また、「別れ」を「惜別」と表現するなど、単純な表記よりも奥ゆかしい表現を活かそうという意志が歌詞から感じ取れるところも特徴的です。
霞みゆく景色の中に あの日の唄が聴こえる
さくら さくら 今、咲き誇る 刹那に散りゆく運命と知って
さらば友よ 旅立ちの刻 変わらないその想いを 今
「さくら」(2003年、作詞・歌唱:森山直太朗)
ちなみに、この歌の歌詞は全編日本語、それも平仮名と漢字のみ(片仮名なし)で綴られています。そこからは古き良き日本の歌謡曲へのオマージュがどことなく感じ取れ、決して昔の楽曲ではないのに懐かしさを感じさせます。そして、そこがさらに卒業ソングとしての「刺さるポイント」になっているのです。

苦情もあるようで、このような立像は数を減らしているんだとか。言いたいことはわかるのだが…
おわりに
ということで、今回は卒業ソングをテーマにお届けしました。
読者の皆様は、どんな歌を聴くと卒業シーズンの到来を感じますか? 筆者は、今日取り上げた歌以外だと「3月9日」(レミオロメン)がそれにあたるのですが、実はあの歌、詞のどこを見ても「卒業」を匂わせるフレーズがないんですよね。元々この歌はレミオロメンのメンバー達の共通の友人が結婚するときに贈った歌で、タイトルはその友人の挙式の日から取った、 という逸話があるのですが、なぜ我々はあの歌を聴くと結婚式よりも卒業式が浮かぶのでしょうね? 不思議なものです。
それでは、また来週もお会いしましょう~。
作者よりお知らせ
当コラムでは、内容向上などの参考とするため、読者アンケートを行っております。ぜひとも感想をおきかせいただければと思っておりますので、以下のURLより回答をよろしくお願いいたします。所要時間は1~2分程度です。
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