名大・南山生のためのフリーペーパー『粋』 公式WEBサイト

コラム

【THE・今夜も音楽三昧】#3「あの日の歌に寄す・歌の七草篇」

このエントリーをはてなブックマークに追加

皆様こんにちは。お初ですという方は初めまして。過去2回も読んだぜ!という方は毎度ありがとうございます。企画部の村尾です。

改めまして、明けましておめでとうございます。2022年もこのコラムでは徒然なるままに音楽の話をしていきたいと思っておりますので、今年もよろしくお願いいたします。

さて、今日は1月7日、「七草粥」の日ですね。私の家でも毎年振る舞われます。そこで今夜は「歌の七草」と題し、植物の名前を冠した7つの歌のお話をお送りします。あくまでも「植物の名前」という括りなので食べられないもの多数、さらには季節感もふんだくれもないものも多数ですが、そこはご愛嬌ということで。

ちなみにタイトルの「あの日の歌に寄す」というのは、このコラムが始まる前に私が単発記事として2度ほど執筆した音楽記事のタイトルです。まだ読んでいないよ~という方は以下のURLからどうぞ。

それでは、さっそく話を進めていきましょうか。

SCENE 01:沈丁花

「花」と書いて「ゲ」と読ませる植物はいくつかある。「石楠花」と書いて読みは「シャクナゲ」、「仏桑花」と書いて読みは「ブッソウゲ」(ハイビスカスの別名)など。中でも、多くの人が一番最初に思い浮かぶのは「沈丁花」ではないだろうか?これで「ジンチョウゲ」と読む。

沈丁花は2月頃に濃い紅色の蕾をつけ、3月にかけて薄紅色の花を咲かせる。その際には芳しい香りが漂う、どことなく高貴なイメージが付く花だ。加えて、花言葉が「栄光」「歓喜」「不滅」と縁起の良いものが並ぶため、桜と並んで受験生にとって縁起の良い花として例えられることもある。実際、この名前を冠した歌は中学校入試を描いたドラマの主題歌になった。

いつもいつもありがとうね なんでそれが言えないかな?

「選ぶ道より、選んだ勇気じゃない?」 そう言ってくれたあなた

「沈丁花」(2021年、作詞:はっとり、歌唱:DISH//)

この詞での「あなた」とは母親のこと。ドラマの内容と組み合わせると、試験を終えて、そこに自分がいられたということへの感謝を述べる、というストーリーが完成する。

受験に限らず、成人や就職などといった「通過儀礼」には、周囲への感謝を忘れるなよ、思い出せよ、という意図があるのかもしれない。

686年建立といわれる成海神社(名古屋市緑区)には「だるま塚」なるものが存在する。
毎年2月の節分祭では、願いが成就し目玉が込められただるまがずらりと並ぶ圧巻の光景が見られる

SCENE 02:ほうせんか

小学校の生活科や理科の授業で植物を栽培した経験のある方も多いだろう。
そこで育てられる植物というのは、おおむね決まっている。例えば朝顔が選ばれやすいのは、支柱に巻き付いたり蕾が解ける過程が分かりやすく、観察日記をつけやすいから、という側面が大きいだろう。野菜を育成する場合には鉢植えでも育てられるミニトマトなんかが多いか。それらと共に多く選ばれがちな花に、鳳仙花がある。

この花の特徴は果実にある。熟しきると風などによってその実が弾けて種を飛ばすのだ。指でつついても飛ぶ。また、花が紅いものは爪を染めるのに使われ、その色が初雪の日まで残れば恋が成就する、なんていう言い伝えもあるとか。そんな花に思いを馳せたのが、この歌。

ほうせんか 私の心 砕けて 砕けて 紅くなれ

ほうせんか 空まであがれ あの人に しがみつけ

「ほうせんか」(1978年、作詞・歌唱:中島みゆき)

作者は中島みゆき。ニューミュージック黎明期から活躍を続け、同世代でラブソングの名手であるユーミン(松任谷由実)と対比して「失恋歌の名手」と呼ばれることもある歌手だ。この曲は、同時期に夭折したとある同業者に捧げるために作ったといわれている楽曲で、鳳仙花の紅い花・砕ける実・弾ける種を故人への心情と仮託している。

原作発表から13年後の1991年にはソロ歌手の真璃子がカバーし、そちらは失恋歌としても支持を集めたという。作成経緯を知っている人にも知らない人にも響く作りであるが故の結果であり、そこが秀逸な作品と言えるだろう。

大学某所で撮った紅葉。「ほうせんか」の歌と言い、この紅葉と言い、赤と言えば
情熱の色、というイメージを支えているのは、鮮やかな赤色の植物を用いた比喩なのかもしれない

SCENE 03:ひまわり

新しい世界を知ると、それを知らなかった世界に完全に戻ることは不可能と言ってよい。今インターネットが無くなったら世界は大混乱だよな~、と言っているうちに今度はSNSが世界の重要な部位を占めるようになり始めた。正しい意味で、それらが存在しない世界線への回帰は不可能になっている。

それゆえか、新しい世界を知ることを「汚れる」と表現するという発想が現れる。特に、欲望・欺瞞・駆け引きが渦巻く都会に対して、そういった局面が少ないといわれる田舎との対比で使われるケースが多い。実際の都会がそこまでドロドロとしているか否かはさておき、大人になって様々な世界を知るにつれて、それを知らなかった時代の純粋さに思いを馳せる場面が増えるのは確からしいと言っていいだろう。そのトリガーはいろいろあるが、例えば、こんな曲に触れたときなんかもその一つなのかもしれない。

光るお日様 キラキラ波打ち際 青い海と空 いつも同じさ

背伸びはしないさ 自分らしくないから 素直に笑っていたいだけなんだ

「ひまわり」(2009年、作詞・歌唱:遊助)

この歌の詞のフレーズは直球主体、レトリックというよりも想いや情景を直感的に綴っている。メッセージ性は明るく、タイトルの「ひまわり」にもそれは仮託されているように思われる。一方でサウンドは明るさ一辺倒ではなく、切なさを感じられる、日中というよりは夕方を想起させる仕上がりだ。そのギャップが、無垢な世界を旅立って遠くに来てしまったという感傷を呼び起こし、だからこそこの曲は多くの人に刺さるのではないだろうか。

向日葵は花弁が黄色いこともあって、補色関係にある青空が一番映える。だからこそこの花は明るく純粋なイメージを伴うが、そんな単純なイメージだけが本質ではない。これは向日葵に限らず、何だってそうなのだろう…

高山の雑貨店「ぴーちくぱーく」で見つけた、歌う蛙のオブジェ。この店にはこれ以外にも
ユーモラスな動物のオブジェがたくさんあり、忘れかけた遊び心に火をつけてくれる

SCENE 04:楓

我々は日々、色々なものをなくしたり忘れたりして、自分の中からいろいろなものを脱落させて生きている。精神的なキャパシティ(心の余裕)・物理的なキャパシティ(脳の容量)にいずれも限度がある以上、それをせずに生きていくのは至難の業と言ってよい。

脱落のさせ方は様々だ。無意識に意識の彼方に飛ばされていて気付いたら脱落していることもあるし、「断捨離」の過程で泣く泣く捨てたものもあるだろう。時には自分自身でケジメをつけるために意図的にそれを脱落させたり、自分の中のイメージがふとした瞬間に幻滅に変わって崩壊し、その残骸と共に記憶から消し去られるというケースもあるだろう。

そうして我々は日々様々なものを脱落させているのだが、中には「なくして初めて良さや有難みに気が付く」というケースも多いだろう。特に自分から別れを告げたものに対してはなおさら。しかし未練に浸っている間にも時間はどんどん流れるので、どこかで踏ん切りをつけて前に進まないといけない。そんな葛藤を切り取ったのが、この曲。

代わるがわる覗いた窓から何を見てたかなぁ?

一人きりじゃ叶えられない夢もあったけれど

さよなら 君の声を抱いて歩いていく ああ、僕のままでどこまで届くだろう? 

「楓」(1998年、作詞:草野正宗、歌唱:スピッツ)

歌詞は「恋の終わり」がテーマ。「楓」という言葉が持つ秋の寂しいイメージも相まって大人びた切ない印象だ。その感傷に浸る視点人物の未練というか、切なさというか。そんな感情がこの歌詞の命題になっている。

ただ、そこにある「切なさ」は人間関係だけに言えたものではなく、これまでに自分が切り離してきたすべてのものに向けられているようにも思えるのだ。今や自分のもとになくとも、それらが在った故の今の自分。だからこそ、我々はそんな「脱落していったものたち」との出会いに感謝し、別れを告げつつも、それを「抱いて」歩いていくのだろう。

「断捨離しなきゃな…」と思ってもなかなかできないものがあるという方も多いだろう。
筆者の場合、それは本。既に棚は飽和状態なのだが…

SCENE 05:柊

冬になり、冷たい空気が漂う頃、柊は赤い実をつける。その葉は深い緑で、枯れていく他の植物とは異なるたたずまいだ。「孤高の存在」という言葉が似合うようにも感じられる。

「疼ぐ」と書いて読みは「ひいらぐ」。意味は「ひりひりと痛む」と言ったところ。これが、葉に不用意に触れると手が傷つきひりひり痛む、ということで柊の名前の語源となったという。そんな「鋭い」由来のこの植物が冬の冷たい空気のなかで青々とした葉で赤い実をつけるさまは、どこか凛としたものを感じさせる。そんな植物の名を冠したこの歌も、それは同様である。

僕たちは過ちを犯す 僕たちはすぐに立ち止まる 些細な小石にさえも躓いて

誰かの言葉を信じ誰かの手の中にいる 最後は一人なのに

「柊」(2003年、作詞:D・A・I、歌唱:Do As Infinity)

この曲を歌っているDo As Infinityは、この曲以外にもどこか強さを感じさせる・凛とした雰囲気を漂わせる楽曲が多いのが特徴的(彼女たち以外だとSuperflyなんかもこの系譜)。詞を見てみても、こういった哲学的なフレーズが様々な部分に垣間見える。無意識的に捉えている何かに鋭く切り込むのだ。

そんな彼女たちの強みが遺憾なく発揮されているのがこの曲。「柊」という題材の孤高さと彼女たちが紡ぐフレーズの組み合わせは、聞く者の背筋を伸ばさせる、凛とした空気を纏うのだ。そして、そういった歌に魂を揺さぶられる者たちも、かなりの数に上るのである。

夕暮れ、とある街中の公園の展望台より。冬になるとこの時間には
冷たく凛とした、澄み渡る空気が辺りを包み、丸まった背筋が伸びるような感覚を覚える

SCENE 06:秋桜

日本語がほかの言語と少し違うといわれる、その独自性を示すものは様々に存在する。その中の1つが「当て字」カルチャーではないだろうか。かの文豪・夏目漱石は金銭や物資を惜しむことを表す「ケチ」に「希知」と当て字をし、ペンのインクに「印氣」と当て字をした。他にも独自の当て字が多すぎて、彼の没後に全集を作ろうとした門下生たちが軒並み狼狽したとの逸話があるほどだ。

そんな「当て字」カルチャーの真骨頂は「自然物」だろう。「鬱金香」で「チューリップ」、「無花果」で「イチジク」、「木通草」で「アケビ」…。俳句などで自然物を身近に感じる人々が多かったからだろうか? そして、このように形成された当て字の中には、それが当て字であると忘れて辞書にまで載るようなケースも多々ある。「秋桜」もその一つだろう。

うす紅の秋桜が秋の日の 何気ない陽溜りに揺れている

(中略)

あれこれと思い出をたどったら いつの日もひとりではなかったと

今更ながらわがままな私に 唇かんでいます

「秋桜」(1977年、作詞:さだまさし、歌唱:山口百恵)

読みは「コスモス」。音楽デュオ「グレープ」における活動でフォークソングの名手として鳴らした後にソロに転じたさだまさしが、アイドル黎明期の大スター・山口百恵に向けて書き下ろした詞の中に登場する読ませ方だ。この曲のヒットによってその読みは世間一般に定着、今や国語辞典に乗るレベルになっている。

この歌の視点人物は結婚という人生の境目に差し掛かったところで親への感謝の念に駆られる。結婚に限らず、人生の境目で親に思いを馳せる瞬間は、生涯に何度来るだろうか。そして、もしその瞬間が秋の季節に訪れるならば、きっとこの歌のことを思い出してしみじみと心に沁み入るのだろう…

今年度、「粋」では「人生を紡ぐ」と題した号を出しているが、奇しくもそれは「秋号」。
秋というのは元来、人生とは何かと思案したくなる季節なのかもしれない…

SCENE 07:桜

この記事の執筆にとりかかるまですっかり忘れていたが、来週は大学入試の共通テストが実施される。この4月で大学3年生(に、なれる予定)の筆者は1次が「センター試験」だった最後の世代。会場は愛知工業大学。豊田市の八草にあるキャンパスに、朝早くから愛知環状鉄道に揺られて試験を受けに行ったものだ。

大学に受かることをしばしば「サクラサク」というが、なんでも、これは電報が主流だった時代から存在するフレーズであるようだ。昔は遠方の受験生に向けて合否通知を各大学が電報で行っており、そこで早稲田大学の関係者が「サクラサク」との言葉を添えて合格者に合格を通達したのがルーツだといわれている。

それゆえか、桜は春の訪れだけではなく、新たな生活・舞台への旅立ちに思いを馳せるアイテムになりがちである。そしてこの流れは音楽においても例外ではない。この曲なんかは特にそれが顕著であるように思える。

実のならない花も 蕾のまま散る花も

あなたと誰かの「これから」を 春の風を浴びて見てる

(中略)

人はみな 心の岸辺に手放したくない花がある

それは逞しい花じゃなく 儚く揺れる一輪花

「桜」(2005年、作詞:小渕健太郎、歌唱:コブクロ)

この曲は一貫して「花」(これは桜に限らず)の生命力あふれる姿に思いを馳せる姿勢が詞の中でとられているが、その実、春を迎えて新たな舞台に進んでいこうとする人々に向けられた応援歌という側面があるようだ。そういった歌詞が「桜」という花が持つイメージと重なったことで、この歌は春うたとしての地位を固めた…といえるのかもしれない。

来週から動き出す大学入試。そこに挑む戦士達に幸多からんことを祈りたい。

名鉄唯一の一文字駅でもある桜駅(名古屋市緑区)。そのホームには桜の木が一本
植えてあり、受験生ともども春の開花の瞬間を待ちわびる

おわりに

本日は「歌の七草」と題して、植物の名前がついた楽曲を7曲、取り上げてみました。いかがでしたでしょうか? 季節の移ろいと共に様々な顔を見せる植物は人間にとって身近な存在。様々な創作物で「キーアイテム」的に取り入れられ、それを見るだけで時の流れを感じられる。そんな植物の唯一無二の魅力、そしてその魅力を踏まえて生まれた音楽の魅力を感じていただけたら、と思います。

それでは、また来週も金曜日の夜7時にお会いしましょう~。最後まで読んでいただき、ありがとうございました!

作者からお知らせ

当コラムでは、内容向上などの参考とするため、読者アンケートを行っております。ぜひとも感想をおきかせいただければと思っておりますので、以下のURLより回答をよろしくお願いいたします。所要時間は1~2分程度です。

https://docs.google.com/forms/d/1oyWzQmlP1xmSZ_x4uGCZjOHnx29GuFG_OD3jAr0fzA0

このコラムで紹介した楽曲のプレイリストを用意しました。LINE MUSICで聴くことができます。以下のURLからアクセスしてください。次回以降の紹介曲についても順次公開していきますのでよろしくお願いします。

https://music.line.me/webapp/playlist/upi7nLrdtfvhxjzl_GXu9zYQaUd_BLXPXHlL?myAlbumIf=true

このエントリーをはてなブックマークに追加
村尾 佳祐

© 2013-2022 学生団体『粋』